千葉大学の経済学系・経営学系紀要である『千葉大学 経済研究』の毎年の各巻第1号で、2020年からは新入生向けガイドブック『経済学、経営学・会計学へのガイドブック』で、「私の薦める本」と題して経済学系、経営学系の千葉大学経済学会所属教員が主に学生を対象にしてお薦めの本を紹介しています。もちろん学生だけが対象読者ではなく、私も同僚の先生が紹介する本の中に興味を引かれるものが多々あり、楽しみな企画になっています。
紀要が、教員の研究発表の場であるとともに、学生とのコンタクトの場であることを考えると、誇るべき企画だと思います。同様の企画をどれくらいの大学が行っているのか寡聞にして不明ですが、いずれにしても今後も続けていってもらいたいと思っています。
同僚の先生の中には、その本を強く薦めたいのか(はたまた、単に原稿を書くのが面倒なのか)、毎年同じ本を紹介している方もいますが、せっかくの企画なので、私は原則として前年度に読んだ本の中から良かったものを毎年2〜3冊紹介するようにしています(原稿に厳格な字数制限があるのがつらい・・・)。最近は人並みになりましたが、以前は通勤に片道2時間近く掛かり、おかげで本だけは車中でよく読めたので、ネタには事欠きませんでした。
今となっては書き直したい文章もありますが、著作権の問題などもあるかも知れないので、そのままここに転載します。
2.三戸祐子『定刻発車―日本の鉄道はなぜ世界で最も正確なのか?―』新潮文庫、2005年、590円+税。
今年もおまけの1冊。とは言え、おまけとはいえないほどの、知的興奮を覚える「学術書」である。日本の鉄道の時間の正確さはつとに知られているが、それがいつ、どのように生まれ、どのように維持されているかは、現場の鉄道従事者自身も説明しきれないかもしれない。本書は、それを歴史、文化、制度、技術(ハードとソフト)、経済・経営といった複合的視点から解説している。クルマに比べてさまざまな制約(硬直性)を抱えた鉄道における定時運行の重要性がわかる。時間に正確な運行はそもそもお客のため(だけ)ではないという説明には新鮮さを覚える。「鉄道好き」でない人でも、日頃鉄道を利用する人には「学術書」としてお薦めしたい。
『千葉大学経済研究』第26巻第1号、2011年6月、126ページ
1.谷武幸、小林啓孝、小倉昇責任編集『体系現代会計学[第10巻] 業績管理会計』中央経済社、2010年、3,600円+税。
企業を取り巻く環境の変化の速さや激しさに伴い、会計の研究にもさまざまな要請がなされている。そのような現代の会計学の到達点を基礎的・原理的レベルから最先端の研究成果まで含めて総括する試みとして、当シリーズが企画された。全12巻のスタートとして、「業績管理会計」が取り上げられている。管理会計についての基礎的な学習が済んだ学生にお勧めしたい。
2.カーマイン・ガロ(井口耕二訳)『スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン―人々を惹きつける18の法則』日経BP社、2010年、1,800円+税。
IT起業家・経営者として、またプレゼンテーション巧者として著名な、アップル社のスティーブ・ジョブズ氏のプレゼンテーションの秘訣を紹介している。一見すると単なるハウツーもののようなタイトルだが、それを期待すると良い意味で裏切られる。テクニックを超えて、本人の姿勢や哲学からも学ぶことが多い。
3.中嶋茂夫『山手線と東海道新幹線では、どちらが儲かっているのか?―JR6社の鉄道ビジネスのカラクリ』洋泉社、2010年、1,400円+税。
今年もおまけの1冊。近年、その趣味性が広く報道されるようになった鉄道であるが、その本質は当然にビジネスである。本書は、JR各社を事例に、身近な鉄道事業における利益管理を具体的かつわかりやすく説明している。固定費の回収や価格設定など管理会計の知識をもって読むと、一層理解が深まるだろう。
『千葉大学経済研究』第25巻第1号、2010年6月、170-171ページ
1.小池和男『日本産業社会の「神話」』日本経済新聞出版社、2009年、1,800円+税。
日本の産業社会については、「集団主義」「働く会社が好き」「年功賃金」「長時間労働」「企業別組合」などが長く言われてきた。筆者は、これらが他国とは著しく異なる日本の特徴であるというのはすべて「神話」(古くから語り伝えられながら、その根拠が模糊としてあやしい事柄)であると、調査・研究資料の信頼性を吟味しながら主張する。主張の根底には、筆者の次の言葉に表れた思いがある。「「神話」にとらわれた誤認識がいかに本来のよさを殺すか、いかに自他の状況を知ることが重要でしかも容易でないか、それはどれほど強調しても強調しすぎることはない。」
2.ロバート・S・キャプラン、デビッド・P・ノートン(櫻井通晴、伊藤和憲監訳)『バランスト・スコアカードによる 戦略実行のプレミアム』東洋経済新報社、2009年、3,800円+税。
1990年代以降の管理会計分野で最も研究対象となったものの1つであるバランスト・スコアカード(BSC)についての発案者自らによる最新書の翻訳書である。BSCによる戦略の管理と業務活動の管理とを1つのマネジメント・システムとして構築し、それを継続的なプロセスとするための考え方と仕組みが、具体的な企業事例とともに紹介されており、これまでのBSC研究の1つの集大成とも位置づけられる。BSC研究の系譜とそのなかでの本書の意義について、詳しくは拙稿(『千葉大学経済研究』第23巻第3号、2008年12月、pp.315-328)を参照されたい。
3.列車ダイヤ研究会編著『列車ダイヤと運行管理』成山堂書店、2008年、1,600円+税。
今年もおまけの一冊。一昨年のこのコーナーで、車両や施設といった鉄道のハード面の技術原理を解説した本を紹介した。この頃以降、鉄道については環境負荷の低さや輸出産業としての魅力が一層喧伝されるようになった。本書は、現役の鉄道従事者(JR東日本)が解説した、ダイヤ作りと運行管理に関する解説書である。需要予測に基づき、従業員の連携を支えるダイヤ、運行管理というソフト面の「無形資産」がいかに重要であるかがわかる。
『千葉大学経済研究』第24巻第1号、2009年6月、123-124ページ
1.櫻井通晴『レピュテーション・マネジメント』中央経済社、2008年、3,400円+税。
企業には、経済活動の場、人間生活の場、社会的利害が交錯する場という3つの側面がある。したがって企業は経済的成果だけなく、人間的成果、社会的成果によっても評価される。企業のレピュテーション(評判)とは、組織構造や組織風土、ビジョン・戦略、リーダーシップ、経営実践といった内的な問題が、株主や債権者、顧客、サプライヤーなどのステークホルダーの眼に映った社会的事実の反映とされる。レピュテーションの向上によって財務業績が高まるとする実証研究もあり、レピュテーションは企業にとって広い意味での無形資産と位置づけられる。本書ではこの資産をいかに創造し、管理するかという先進的取り組みが明らかにされている。
2.デーブ・ウルリヒ、ウェイン・ブロックバンク(伊藤武志訳)『人事が生み出す会社の価値』日経BP社、2008年、2,800円+税。
企業における人事の役割は、従来からの従業員のフォロー役から、戦略・ビジネスのパートナーへと大きく変わってきている。人事が生み出すべきものは組織能力であり、この組織能力によって生み出される無形資産が企業価値を高める。本書は、この組織能力と無形資産をキーワードに、人事組織が行うべき仕事と、それを支える企業の仕組みについて具体的に説明している。
3.テオドル・ベスター(和波雅子、福岡伸一訳)『築地』木楽舎、2007年、3,800円+税。
今年もおまけの一冊。本書は、近年人気の観光スポットになっている(とりわけ外国人に。無論、日本人が見ても興味深い)築地市場の経済・経営システムについて、日本における水産物の位置づけといった歴史的・文化的背景も交え、明らかにしている。現在実施に向かっている移転によって、貴重なシステムと稀有な文化が損なわれることのないことを祈りたい。著者は人類学、日本研究を専門とするハーバード大学教授。日本人にとってもミステリアスな世界を外国人がここまで明らかにしていることに、純粋に敬服してしまう。
『千葉大学経済研究』第23巻第1号、2008年6月、195-196ページ
1.ジョン・ミクルスウェイト、エイドリアン・ウールドリッジ(日置弘一郎、高尾義明監訳、鈴木泰雄訳)『株式会社』ランダムハウス講談社、2006年、2,000円+税。
生産、交換、消費という経済行為自体は体制無関連的事象であるが、それらをどのような仕組みによって行うかという体制決定は正に人間の歴史そのものである。民主主義などと並び、「人類最大の発明」の1つともされる株式会社は、経済体制決定における現時点での究極の形態である。近年喧しいその意義やあり様を巡る議論は、それ故に歴史的視点にも基づくべきである。株式会社の誕生と変遷については本書を読んでほしい。歴史を勉強する本当の意味(無論、試験のためではない)がここにある。
2.遠藤功『プレミアム戦略』東洋経済新報社、2007年、1,800円+税。
社会の成熟化、嗜好の多様化、格差社会といった経済環境の中、プレミアムと名の付く商品が溢れている。しかし、それは単なる高級品と同義ではない。日本企業が得意としてきた「高品質なものを大量に市場に投入する」とは明らかに違う戦略がそこでは求められる。日本には優れた技術を持つ企業が多数あるにも係わらず、プレミアム分野では海外企業に席巻されている原因はここにある。成熟した消費社会で生き残る1つの処方箋が具体的事例とともに示されている。
3.宮本昌幸『図解・鉄道の科学』講談社、2006年、860円+税。
今年もおまけの1冊。環境対策から海外でも鉄道に再注目がされている。厳しい国土や環境規制に培われた日本の鉄道技術は世界の最先端にあり、有望な輸出産業になり得る。本書は、普段何気なく利用している鉄道の背後にある様々な技術原理をわかりやすく説明している。例えば次の一問。自動車のようなハンドルがないのになぜ列車は曲がれるのか?レールがカーブしているから、では不合格。正解は…本書の中で。
『千葉大学経済研究』第22巻第1号、2007年6月、108-109ページ
1.稲盛和夫『アメーバ経営』日本経済新聞社、2006年、1,500円+税。
近年注目されるアメーバ経営について、その創始者自らが解説した本である。京セラ成功の源として既刊の研究書やジャーナルでその計算技法や導入事例が紹介されてきたが、本書によって、アメーバ経営の要諦は表層的な会計技法や経営管理手法ではなく、その根柢にある経営哲学であることが明確にわかる。この経営哲学からアメーバ経営の3つの目的(市場に直結した部門別採算制度の確立、経営者意識を持つ人材の育成、全員参加経営の実現)とそれを支えるシステムが生じてくる。経営におけるものの考え方、管理手法、そして会計(計算)システムの3つが有機的に結合した稀有な経営の姿が紹介されている。
2.山田英夫、山根節『なぜ、あの会社は儲かるのか?』日本経済新聞社、2006年、1,400円+税。
経営戦略の本も会計の本も数多い。経営戦略の良否が最終的に会計数値に表れてくることも直感的に首肯できる。しかし両者を具体的に結びつけて説明した本は殆どない。本書は日本の有名企業を事例に、この両者の繋がりを平易に解説している点で貴重である。会計学、経営学、マーケティングなどのゼミで勉強している学生はとかくその切り口だけで企業を見てしまう嫌いがあるが、これら諸領域は経営実践においては一体となったものであるという当たり前のことを、本書は改めて気づかせてくれる。
3.城山三郎『硫黄島に死す』新潮文庫、1984年、514円+税。
今年もおまけの1冊。昨年、硫黄島を舞台にした映画が話題になったが、それを見て昔(たぶん高校時代)に読んだ本書を思い出した。映画に登場した西中佐(伊原剛志が演じていた)を描いた伝記的短編である。読み直して、千葉大(前身の千葉医科大)がちらっと登場することに気がついた。
『千葉大学経済研究』第21巻第1号、2006年6月、123-124ページ
1.中村圭介・石田光男編『ホワイトカラーの仕事と成果―人事管理のフロンティア』東洋経済新報社、2005年、2,600円+税。
近年の人事管理実務において評価の重点が人(能力)から仕事そして成果へと拡大(もしくは移行)するに伴い、仕事管理(通常の言い方だと業績管理)に踏み込んだ研究が必要との観点から本書は書かれている。そこでは、ホワイトカラーの働く姿を、仕事管理を通じて地道に描こうとする。人事管理の専門家がこれまで殆ど足を踏み入れてこなかったフィールドであることを考えると、筆者らがタイトルに「フロンティア」と付けた思いは理解できる。
2.山根節『経営の大局をつかむ会計―健全な“ドンブリ勘定”のすすめ』光文社新書、2005年、700円+税。
昨年、会計の本としては珍しく『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』がベストセラーになった。既読者も多いと思うので、1ランク上級のものを紹介する。『さおだけ屋は〜』が日常の身近な現象を会計概念で実に分かり易く説明している(素晴らしい文章力!)のに対し、同じ出版社による本書は会計リテラシーつまり財務諸表を読む能力がビジネスにおいていかに不可欠であるかを分かり易く説明している。授業で習う会計が一層リアルなものとして実感できるだろう。
3.田中優子・石山貴美子『江戸を歩く』集英社新書ヴィジュアル版、2005年、1,000円+税。
おまけの1冊。現在の東京(都心)は、言うまでもなく嘗ての江戸である。知識と注意力を以ってすれば、街のそこ彼処に江戸との繋がりが散見される。愛情溢れる文章と美しい写真が、東京と江戸とを繋ぐタイムマシンになっている。遊びや就職活動で都心に行く学生も多いと思うが、特に地方から来た人にはネオンと高層ビルだけでない東京のもう1つの顔に触れて欲しい。
『千葉大学経済研究』第20巻第1号、2005年6月、155-156ページ
1.アンディ・ニーリー編著(清水孝訳)『業績評価の理論と実務』東洋経済新報社、2004年、4,600円+税。
業績評価というと、予め設定された何らかの目標(基準・標準)に対して実績を測定して照らし合わせることと一般にはイメージされる。しかし業績評価の本質は戦略マネジメントであり、計画と統制を内包するものである。しかしそれ故に、業績評価はマネジメントと、いや経営活動そのものと深く係わり、内在する問題は数多い。またそれは企業活動においてのみならず、公共部門などにおいても同様である。本書は、業績評価にかかわる様々な側面(会計、マーケティング、業務管理、心理学)、尺度(財務、顧客満足、従業員満足)、領域(民間部門、公共部門)に関して、ヨーロッパを中心とした多くの研究者の論考をまとめたものである。業績評価のプロセスが持つ多面性、複雑性に関心を持つ人にお薦めしたい。
2.柳下公一『ここが違う!「勝ち組企業」の成果主義』日本経済新聞社、2003年、1,700円+税。
本書は、武田薬品工業元専務で、現役時代に同社で人事改革を指揮した経験を持つ筆者が成果主義の1つのあり方を示したものである。成果主義を単なる賃金制度の改革とはせず、経営トップから始める組織風土の変革と位置づけた上で、個の確立を前提に、組織を簡素化し、社員一人ひとりの役割を明確にし、その実績を経営目標に沿ったものにしていくための仕組みであるとしている。成果主義を、現在の経営環境を前提とした戦略的マネジメントのための一手段であるとする私個人には、この点は深く共感できるところである。また、成果主義を終身雇用と矛盾するものではなく、むしろその制度を維持するためのものであるとしている点も同意見である。成果主義の背景や他の経営制度との係わり(整合性)についての記述が薄い点、タイトルなどがやや気になるが、成果主義に疑問を持つ人にこそお薦めしたい。
『千葉大学経済研究』第19巻第1号、2004年6月、192-194ページ
今年度は多少趣を変えて、優れた国際的経営者としての名声を得ている二人の社長のインタビュー本を紹介する。両者が共に有するアイデンティティがフランスであるのはたまたまであるが、現代マネジメントの本流と目されるアメリカではないのは意図的である。
1.カルロス・ゴーン、フィリップ・リエス(高野優訳)『カルロス・ゴーン 経営を語る』日本経済新聞社、2003年、1,600円。
本書は主に、前半が氏の生い立ちや日産に来るまでの履歴について、後半が日産での改革とその経営哲学についてである。氏を形作ってきた文化・教育・経験が今日の経営実践を生み出していることが読みとれる。
本書の意義は2つある。1つは、才能に溢れた一人の人物の半生と人間性を描いた人物伝である点。特に興味を引かれたのは家族の国際性である。ゴーン氏自身、それぞれブラジルとナイジェリアで生まれたレバノン人の両親のもとにブラジルで生まれ(ポルトガル語で育ち)、義務教育をレバノンで、高等教育をフランスで受けている。出生、成長の過程で身につける文化的多様性はしばしばアイデンティティの喪失につながるが、ゴーン氏の場合、これが国際ビジネスの中で大きく役立っている。
もう1つは、危機に直面した組織における優れた経営のあり方を示している点である。企業における改革や国際化にあっては、何を捨て何を維持するかという論理的意思決定が要諦であり、今回の日産のケースはその成功例であろう。1つ取り上げると、ゴーン氏は、日本的であり日産においても守られてきた終身雇用制は、そこに重要な目的があるとして維持すべきものとする一方で、年功序列制は企業の業績に悪影響を与えるものとする。最近、終身雇用と年功序列の一体視やかつての日本的経営への無批判の懐古が「反成果主義」という論調で発表されている。その立場をとる人には是非本書の一読を薦めたい。単なる賃金カットの方便でない、報酬に差をつけることだけを目的とするのでもない、従業員の「やる気」を引き出すことに主眼を置いた、目標設定と評価と報酬付与を通じたマネジメントのあるべき姿が示されている。
2.ベルナール・アルノー、イヴ・メサロヴィッチ(杉美春訳)『ベルナール・アルノー、語る』日経BP社、2003年、1,600円。
アルノー氏は、現在40以上もの高級ブランドを有する企業グループ、LVMH モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン社のCEOである。その傘下には日本でもよく知られたブランドが多数あるが、これらブランドのわりにはその個人名は知られていないかもしれない。
理工系大学出身で一族の建設会社を経営した後に、畑違いとも言えるファッション業界、ブランド業界に足を踏み入れたという異色の経歴もさることながら、優れた価値を持ちながらそれを生かしきれていない(あるいはシナジーを期待できる)既存ブランドを買収してグループ化することで経営の安定化とブランドの独自性維持の両立を図るという、氏のビジネス・モデルは大変に興味深い。ただし、その経営手腕が評価された今日でも、企業グループ名を自身の名に変えるつもりはないという。それは、ブランドの名は元々はその名声を得た製品のクリエーターの名であり、アルノーという製品はないからだという。ここには、モノ作りに対する深い尊敬と愛情が感じられる。それは音楽や絵画に造詣が深いということも関係するかと思われるが、これからは精神的な充実が一層求められ、物質主義は後退すると予見する。人々の生活や消費に意味を与えることが企業の成功には必要であり、それができるのは、キャッシュ・フローと四半期毎の業績だけを追い求めるアメリカ型の巨大多国籍企業の模倣から脱した企業だけである、という氏の指摘は傾聴に値する。
『千葉大学経済研究』第18巻第1号、2003年6月、255-256ページ
ある意味で対照的な、しかし共に筆者の熱い思いから進められる先進的研究の世界を紹介してくれる2冊である。
1.二村隆章・岸宣仁『知的財産会計』文春新書、2002年、680円。
企業会計の役割は、財務情報によって企業の経営状態を知らしめることにある。そのためには、いくつものルールがあり、また技法がある。しかし現在、その基盤を揺るがすような社会・経済の諸変化が見られ、財務会計、管理会計を問わず対応が求められている。その1つに、企業における資産内容の変質が挙げられる。具体的には、企業における価値(利益)の源泉が、土地や機械設備といった有形資産から、ブランドや特許権などの無形資産へと重点移行していることを指す。しかし、このような無形資産の測定、評価には多くの課題が存在しており、その解決やルール作りが求められている。
資産評価をめぐる近年の議論は主として財務会計の分野でなされているが、評価技法についてはむしろ管理会計の分野でこれまで研究されてきた。資産が将来において生み出すことが期待されるキャッシュフローを割り引くことでその資産の価値を測定するDCF法などが代表的であるが、これについてはその有用性が疑問視されている。近年ではファイナンス理論に基づく技法が注目を集めており、デリバティブ取引におけるオプション理論(ブラック・ショールズ・モデルなどが代表的)を現物(リアル)資産に援用したリアル・オプションなどがある。
本書では、これまでの会計が重要視してこなかった、そして現代の企業・社会の富の主たる源泉となりつつある無形資産をめぐる会計の様々な世界を見せてくれる。
2.関満博『現場主義の知的生産法』ちくま新書、2002年、700円。
経営学や会計学は実学の性格が極めて強い。実学という言葉は時に様々な意味で用いられるが、私は、学問世界が現実の日常の人間活動(企業、個人を問わず)と密接にかかわっており、その研究において学問世界と日常の人間活動とのインターラクションが不可欠であるものを指すと考える。その意味で、このような分野におけるわれわれ研究者には、自らの情報発信と同時に、現実世界(企業会計で言えば、企業経営や市場)についての積極的・主体的な情報受信と解釈とが求められる。その手段には公的な調査報告のほか、インタビューやアンケート調査などがあり、近年では、アクション・リサーチなどとも呼ばれる、実務に携わる人達と共に現場において問題解決に従事しながら研究のヒントや方向性を得る方法も実施されている。しかし残念ながら、本当の意味で成功しているものは数少ない。
地域産業論を専門とし、企業調査(著者の言う現場調査)に長年かかわる研究者による本書は、その研究ノウハウと苦闘の姿を覗かせてくれる。とにかく徹頭徹尾、私にとっては頭の下がる話ばかりである。
『千葉大学経済研究』第17巻第1号、2002年6月、194-196ページ
1.山根節『ビジネス・アカウンティング―MBAの会計管理―』中央経済社、2001年、2400円。
どの専門分野もそれぞれのジャーゴンに溢れているが、会計の世界もその例に漏れない。そのため、わかる人はわかるが、わからない人はさっぱりわからない(あるいは肌に合わない人は肌に合わない)ということになりがちである。本書は、簿記の仕訳や会計理論を知らなくてもビジネスの中で会計情報を「実践的に使う」人向けに書かれたものである(タイトルが管理会計ではなく「会計管理」となっていることに注意されたい)。学生諸君にとっては、そもそも会計が企業においてどのように役立つのか理解する一助になろう。
2.エリヤフ・ゴールドラット(三本木亮訳)『ザ・ゴール』ダイヤモンド社、2001年、1600円。
いわゆるベストセラーを紹介するのは些か気が進まないが。本書は、生産管理の手法であるTOC(制約条件理論)とその原理を小説の形で解説したビジネス本である。翻訳のもとになった改訂版が1992年に、最初の版はすでに1984年に出版され、本国アメリカで大ベストセラーになった。その後さまざまな言語に翻訳されたが、昨年まで日本語訳は出なかった。それは、この手法を日本人が学べば、例のごとくうまくそれを取り込んで「貿易摩擦が再燃して世界経済が大混乱に陥る」と著者が本気で心配して翻訳を許可しなかったためと言われる。
学生諸君に薦める理由は以下の3点。第1に、TOCに基づくビジネス・プロセス(本書では工場における生産プロセス)における全体最適化の原理とその重要性がわかる。TOCは、今日では生産管理の枠を越え、サプライチェーン・マネジメントに代表される企業内、企業間のビジネス・プロセス管理へと展開されている。第2に、TOCに関係して、管理会計情報が持つ問題が理解できる。そこで主張されている問題の一部は、直接原価計算などで既に昔から取り上げられてきたが、財務会計との関係などもあり、十分な解決がなされてきたとは言えない。そして第3に、ひとりのビジネスマンの「活躍」が小説の形で描かれており、学生諸君には見えにくい企業における情報の役割、協働の姿、サラリーマン生活などが読み取れる。なお、今年に入って同じ著者による続編が翻訳・出版されている。
3.内田研二『成果主義と人事評価』講談社現代新書、2001年、660円。
近年、企業における成果主義導入の機運が高まっているが、その安易な導入と不適切な運用は逆効果をもたらすことをさまざまな側面から考察している。企業は経済活動の場であるとともに、人間の生活の場でもある。売れる製品をよりコストをかけずに作り出す必要がある一方で、そこで働く人々に労働の満足感と良好な人間関係をもたらし、十分な給料を払う必要がある。著者は金融機関の人事部に席を置く現役のサラリーマンであり、また個人や社会全体の価値観をも含む議論を展開しており、時として理屈を超えた説得力がある。
『千葉大学経済研究』第16巻巻第1号、2001年6月、321-322ページ
1.横田絵理『フラット化組織の管理と心理―変化の時代のマネジメント・コントロール―』慶應義塾大学出版会、1998年、2800円。
まずは、私の専攻分野から紹介する。組織は詰まるところ、人の集団である。したがって、それを管理することは、ある意味で人を管理することでもある。これは企業にも当てはまり、経営管理の根幹は、人々にいかに働いてもらうかを探ることであると言える。組織の形態や運営の変化は、ただそれだけに留まらず、そこで働く人々に心理的変化をもたらす。本書は、企業におけるマネジャーの動機づけを中心テーマに、組織の形態や運営の変化を人々がどのように認識して自らの行動を変化させるか、また逆に、そのような人々の側の変化を引き出すために、組織において何が求められるかを、これまでの日本的な経営の仕組みとその今日的変革の2時点を時に対比させながら論じている。決して初級者向きではないが、理論と事例の両方が簡潔にまとめられているので、これから就職を考えている学生にも薦めたい。ちなみに、私自身の研究テーマの1つは、経営管理において用いられる会計情報とそれを受け取った人々の行動変化を含めた業績評価のフレームワークの探求である。
2.今野浩『金融工学の挑戦』中公新書、2000年、700円。
自動車のような高価な製品でも、設計・製造の現場では部品1つにつき銭単位のコスト削減を図って利益をあげるのに苦心する。伝統的な管理会計は、主にそのような世界を対象とするので、1分1秒の間に億単位のお金が生まれ、消えていく金融の領域は、どこか遠い世界のように感じないわけではない。本書は、分かりやすい説明と、金融工学に携わる人々の人物評や裏話が盛り込まれ、(私も含めた)門外漢にも読みやすい。しかし、この分野での日本の遅れと、日本の資産を狙う海外の金融機関に対する著者の危機意識は高い。バブル期に世界を制覇した気になり、現在不良債権と金融プロフェッショナル不足に苦しむ日本の金融機関と、金融工学に基づく「技術」を武器に日本市場を狙う海外機関投資家との関係が、太平洋戦争の様にならないことを祈りたい。
3.永井均『<子ども>のための哲学』講談社現代新書、1996年、650円。
最後に、自己紹介代わりに社会科学以外の分野から1冊紹介する。本書は、哲学を(例えば大学の授業で)学ぶことよりも実際に哲学をすることの大切さを説く。著者が取り上げる2つのテーマのうちの1つが、正に私自身が幼少の頃から「哲学してきた」問題であるため、特に心に残る1冊である。もっとも、その問題に関する自分自身に対しての哲学的回答は(この本を読み終えた今でも)得られておらず、したがって現在も哲学中である。ちなみに、著者は千葉大学文学部教授。
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